2014/11/25

 到着したその日は、ロジャーがつくってくれた夕食を3人で囲んで楽しい時間を過ごした。言いたいことがあるのになかなか英語が出てこないことに、胸のつかえを感じながらも。「明日はゆっくり寝てていいからね」と言われたとおり、目覚ましもかけずにベッドに倒れ込み、次に目が覚めたら太陽ははるか高くに上がっている。あわてて時計を確認したら、もう朝の10時をとうに過ぎていた。
 
 まだぼんやりしながら階下に下り、「よく寝てたねえ。途中何回か部屋覗いたけど、ほんとによく寝てた」と言われて、えへへ、と笑う。今日も空は晴れ渡っていて、それじゃあクラムチャウダーを食べに行こう、と出かけた。
 
 はじめて目にするサンフランシスコのダウンタウン。思ったよりもずっとあたたかく、じきに見えてきた海は太陽の光を反射してキラキラ光っていた。ちょうどお昼時だったからか、スーツを着たビジネスマンと、トレーニングウェアで走っている人、このあたたかさの中でダウンを着ている観光客が入り交じる。「このへんは走ってる人が多いね。健康に気を使ってる人もすごく多いよ」という友達の言葉に、深く頷く。
 
 駐車場に車を停め、散歩がてら海沿いを歩く。港の一角にはアザラシが集まって鳴き声を立てていた。いくつかのお店を冷やかして、目についたところでクラムチャウダーを頼んだら、中をくりぬいた大きくて酸っぱいパンの中にたっぷりとスープが注がれ、あまりの大きさに目をまるくする。それでも、10月の終わりとは思えない強い日差しを浴びながら食べたそれは、今まで食べたどのクラムチャウダーよりもおいしかった。

2014/11/22

言葉で実感するとき

 願いどおり、飛行機の中ではぐっすり眠った。これまでにないくらいに。そして目が覚めて間もなく、私の乗った飛行機は、無事にサンフランシスコに到着した。
 
 日系の航空会社だったせいなのか、飛行機を降りてもまだ頭の中が日本語のままで、溢れんばかりの英語に少々面食らう。そうだそうだ、久しぶりに海外に来ると、言葉のスイッチがなかなか切り替わらないんだった、と思い出す。

 現地では、友達の家に泊めてもらうことになっていた。アメリカ人のだんなさんが迎えに来てくれているという。あちこちきょろきょろしながらゆっくりゲートを出たら、見たことのある顔が、「春奈ちゃん」と書かれた紙を持って笑って立っていた。Hi, nice to meet you, I'm glad to see you, とハグを交わす。はじめて会うロジャーは、笑顔の穏やかな紳士だった。

 おぼつかない英語でなんとか会話をしながら、ロジャーの運転する車で友達の家に向かう。アメリカに来たんだと実感したのは、道中、ガソリンスタンドの看板がガロンの表示になっているのを見たときだった。
 
 友達の家からは、太平洋が眼下に見渡せる。テラスに出て風に吹かれながら空を見上げていたら、もうすぐ上弦になる月が明るく光っていた。

2014/11/20

夜を飛ぶ飛行機に乗るために

 今、飛行機に乗り込んでいる自分が信じられないくらいだった。
 
 そのために日程を確保していた仕事がずれ込み、何よりも大事な睡眠時間さえも削っていた直前の2週間弱。1回に5時間以上かかる打ち合わせを2回繰り返し、もちろんその前後には自分ひとりでの作業が不可欠で、「切羽詰まる」という言葉では表現できないほど追い詰められ、髪の毛が逆立っているのではないかと確認せずにはいられないほどだった。
 
 出発当日も午前4時近くまで仕事をし、数時間の仮眠を取ってまた仕事に没頭し、なんとかすべてのデータを送ったのは18時過ぎ。フライトの、わずか6時間前だった。
 
 ぐったりと疲れた体でスーツケースを引いて空港に向かう。自分の体だというのに、持て余すほど重い。食べたいものが思いつかなくて、注文口で延々と迷った末、クラムチャウダーをオーダーする。これから行くサンフランシスコでもっとおいしいクラムチャウダーを食べられるのではないか、と思ったのは、もう食事も終わる頃だった。
 
 いつもなら空港そのものも楽しみなのに、今回はその余裕がなかった。最低限の両替をし、買い忘れたマスクと胃薬、親戚への手みやげだけを買い、搭乗口近くの椅子に身を沈める。願いは今すぐ寝たいということだけで、乗り込むなりブランケットを肩の上まで引っ張り上げ、離陸の瞬間さえも覚えていない。
 
 夜を飛ぶ飛行機で、深い眠りを貪った。