2013/07/31

抜けだしたはずの、でも親しい暗闇

つまり、きみのことは、きみが決めなければならないのだった。きみのほかには、きみなんて人間はどこにもいない。きみは何が好きで、何がきらいか。きみは何をしないで、何をするのか。どんな人間になってゆくのか。そういうきみについてのことが、何もかも決まっているみたいにみえて、ほんとうは何一つ決められてもいなかったのだ。
(長田弘『深呼吸の必要』晶文社、21〜22ページより)
 すこし、弱っていた。疲れているところに気が滅入るような話を聞かされ、私自身が揺らいだ。考えに考えぬいて、やっと確立したはずのなけなしの自信は、あっという間にぶれた。そうするとあとは迷路にはまり込むばかりで、抜けだしたはずの、でも親しい暗闇の中にいるようだった。
 以前だったら、こんなときは「誰かが私にとっていちばんいい道を決めてくれたらいいのに」と思っていた。運命というものがあるのならば、きっとそれに沿って生きることになるのだろうから、それなら今すぐそうなってほしい、と。
 でも、何回もそんな場面を通過してみて、そんなことはありえないのだと知った。ひとつひとつ、私自身が決めていくしかないのだ。何が得意で、何をしているときがいちばん楽しく、笑っていられるのか、そんなことを私以上に知っている人は神様しかいない。そして、神様は見守ることしかしないのだから、歯を食いしばりながら決めるのは私しかいないのだ。
 影響されやすい私は、きっとこれからも何回もここに戻ってくるだろう。でも、そのたびに、またここから始めるしかない。暗闇のなかでもがきながら、あるいは勝手知ったるように歩きながら、道を切り開いていくのだ。

2013/07/27

はぐれ鳥の20年後

 今度果歩もここに連れてこよう、と思った。果歩にも仲間が必要だ。どうして今まで気がつかなかったのだろう。木枯し紋次郎ではないのだから、果歩も、はぐれ鳥みたいにいつまでも孤独を気取っているべきではないのだ。
(江國香織『ホリー・ガーデン』新潮文庫、56ページより)
 はぐれ鳥だと自覚しているわけではなかったけれど、仲間とか親友とか、そういう存在は私の人生にはないのだろう、と割り切るしかなかった。いつもどこか疎外感を感じていたし、馴染もうとして無理をすればそれが滲み出て結局は馴染みきれず、またそれに自己嫌悪を覚えることの繰り返し。高校に入るころには、もうすっかり諦めていた。私は人と違う、腹を割って話せるような友達はきっとできないのだ、そう思い込まないと、ともすれば希望を持ちそうになりそうな自分が惨めでしかたがなかったのだ。だからこそ一歩引くくせがついたのだし、人とのつきあいは深入りしないようにしていた。それでいて甘えられそうな人がいれば全身全霊で甘えてしまい、それに疲れて人が離れていく、という悪循環。子どもだったな、と思う。
 いつからこんなに楽になったのだろう。今私のまわりにいてくれる人はみんな気持ちのいい人ばかりで、以前だったら口にすることすら考えられなかった「できない」「わからない」ということを言っても、それをそのまま受け止めてもらえる。親友と呼べる存在がいて、仲間と言える人たちもいる。
 今なら素直に言える。私は親友や仲間が欲しかったのだと。
 そして、20年前の私に言いたい。あなたの将来、そう悪いものじゃないよ。今よりもずっと楽しい毎日が待っている。

2013/07/15

嫉妬

 自分が葛藤した上にやっと諦めたことに対してまだ真剣に悩んでいる人を見ると、羨ましいな、と思う。
 迷ったり悩んだりするのは可能性があるから。そのことに、まだすこしだけ嫉妬する。

2013/07/11

髪を切る理由

 女性は失恋すると髪を切る、と今でも言われるのだろうか。
 このあいだの土曜日に、髪を切った。久しぶりのショート、首をすっきりと出した。この半年あまりで、30センチ弱髪の毛が短くなったことになる。
 理由は失恋ではなくても、髪を切るときは、あとから思い返せば転機のときが多かった気がする。何かに区切りをつけたり、新しい場所に飛び込んでいくための起爆剤になったり、外見を変えることで行動をも変えていくことが多いのだ。ロングから一気にベリーショートにしたこともある。
 今回も、自分で秘めた理由はある。でも、まだそれは言わない。

2013/07/01

爪の余裕

 マニキュアは、余裕があるから塗るものではなく、塗るからこそ余裕が生まれるものなのだという。2日前に爪をピンクに染めたけれど、もっとぱちっとした雰囲気にしたくて、全部落として赤く塗りなおした。
 わかりやすく気分が上がるあたり、単純だな、と思う。でも、その単純なことで気分が上がることこそが、女性の特権かもしれない。